■18番:東野御茶屋跡
18番 東野御茶屋跡 (旧道後村めぐり:10番)
東野御茶屋跡は道後村めぐり:郊外コース、東南方面のポイントです。旧道後村めぐりは、10番

東野御茶屋跡は、松山市の郊外東野4丁目の閑静な地域にあります。
松山藩松平初代藩主定行の隠居所として、万治元年から3年をかけ、裏千家千宗安の設計のもとに庭園と御殿が建造され、寛文元年に完成しました。記録によると、周囲1里あまりを竹垣で囲み、北門を入ると東西に馬場があり、馬場東詰の中門を入ると御殿があった。御殿の西には壮大な池泉があり、周囲の起伏した地形を利用して、「風呂のお茶屋」「傘のお茶屋」「いろはのお茶屋」等の草庵や安心堂などの小堂が配されていたそうです。

今は琵琶湖を模した池のほとりに観音堂が残存し、周囲の小径は一巡することもできる。観音堂の北方、池畔に「竹のお茶屋」跡がある。池の西南端から吟松庵(弟定政の隠居所)に通じていました。東海道53次の情景を模したという宿駅は、開墾で破壊されたが、周囲の竹林に昔の面影を僅かにしのぶことができます。(松山市ホームページより)
東野御茶屋跡へは、へんろ橋から南方向へ約400m。スーパーエフコ東野店の手前を左折して東へ約500m。果樹園を過ぎて右折し、南へ約100m行ったところにあります。左手が愛媛県研修所。右手が農協神社。
東野御茶屋跡のスタンプと句碑

ふるさとの この松伐るな 竹切るな 高浜虚子
高浜虚子は、子規五○年祭り式典参列のため松山に帰った時、東野を通るとしてこの句があります。
この土地は,旧藩時代,祖父池内政明が管理していた所。この地の孟宗竹は江南竹といって,もと中国から薩摩に渡来したものであるが7代定喬が元文1年(1763)に親戚の島津から特に分けてもらったといういわれがあります。藩主がじきじきにここへ植えたこの竹を「伐るな」の心なのでしょうか。
「竹伐(き)る」は「秋」の季語 。 虚子の自筆。(句碑めぐり より)
*スタンプと句碑は敷地に入って右側。農協神社の前を過ぎたところにあります。
東野御茶屋跡の地図
★愛媛県松山市東野四 愛媛農協学園 愛媛県研修所内

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