■11番:湯築城跡
11番 湯築城跡 (旧道後村めぐり:14番)
湯築城跡は道後村めぐり:近郊コーストのポイントです。旧道後村めぐりは14番

湯築城は中世の伊予国守護河野氏の居城。南北朝期(14世紀前半)から戦国期(16世紀末)まで、250年以上にわたって伊予国の政治・軍事・文化の中心でした。
現在の道後公園全体が湯築城跡(南北約350m、東西約300m)で、中央に丘陵があり、周囲に二重の堀と土塁を巡らせた平山城です。築城当初は丘陵部を利用した山城でしたが、16世紀前半に外堀と外堀土塁を築き現在の形態になったものと推定されます。また、江戸時代に描かれた絵図から、東側が大手(表)、西側が搦手(裏)と考えられます

公園の南部では、外堀の内側に排水溝をともなった道路が巡り、その内部は、西側では建物の周囲を土塀などで小さく囲んだ「家臣団居住区」、東側では広い区画内に「庭園区」をともなう「上級武士居住区」が発見されるなど、城内が機能や格式によって使い分けられていた様子が明らかになりました。
また、遺構とともに多種多様な遺物が豊富に出土し、当時の湯築城内の生活を復元する上で貴重な資料が得られています。(松山市 文化財より)
湯築城跡へは、道後公園駅の近く、道後公園正面入り口を入ったところ。
湯築城跡のスタンプと句碑

元日や 一系の天子 不二の山 内藤鳴雪
”めでたい元日だな。万世一系の天皇を「いただく、神々しく美しい富士山のあるこの国は”
新年の句として知られたこの句碑は、内藤鳴雪70歳を祝って大正7年に建てられた。
鳴雪が常磐会寄宿舎の監督をしていたころの寄宿生、勝田主計(当時の大蔵大臣)らが発起人となって建てたもの。10月27日の除幕式には、鳴雪も夫人とともに帰郷して出席し、盛大に行われたとのこと。
17年ぶりとなったこの帰郷が、鳴雪最後の帰郷となった。(句碑めぐり より)
*スタンプと句碑は湯築城跡の前に。句碑はソテツの近くにあります。
湯築城跡の地図
★愛媛県松山市道後公園

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